一片の良心
あまりに常識過ぎる内容ではあるんですが、国際常識を曲げる事をなんら厭わない国民性(というより国際常識を一般市民が知らなさ過ぎなのかも)だけに、新鮮な文章に見えてくるから不思議です。こういう正しい考え方も韓国マスコミにはちゃんとあるんだということで引用。
1965年に締結された韓日基本条約で、両国は植民地支配による被害補償を「請求権」の概念で締めくくることに合意した。 協定文は「…協定の成立時に存在する両国および両国民の財産と両国及び両国民間の請求権に関する問題は…完全にそして最終的に解決されたものとする」と書かれている。 当時の政府が交渉をうまくやったかどうかについては、意見はまちまちである。 経済発展の土台を築いたという前向きな評価と、わずかな金で日本に免罪符を出した拙速交渉だという否定的な評価が共存している。われわれは、盧大統領の賠償金問題提起が仮に妥当性を持つとしても、すでに両国が国家的に決着をつけた問題をまた提起できるのかについて、議論がなければならないと考える。 その当時の協定が、われわれの意思とは関係なく強制的な不平等条約だったのならともかく、そうでない場合は国家間で結ばれた協定や条約は守られなければならないからだ。 政府は永続性があるものだ。 政府が代わったからといって「違う声」を出せば、相手国はもちろん、国際社会はわれわれをどのように見るだろうか。
投稿者 青柳 洸 at 午後 04時57分 特定アジア-南朝鮮 | Permalink
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