福岡県教育委員会は人間のクズの集まり
もうね、なんというか言葉がありませんやな。
皆さん、以下の引用を読んでどう思われますか?
福岡県では人間のクズが子供たちの教育を司っているんですね。
自民党:馳浩公式WEBサイト / はせ日記 / 平成18年10月26日(木曜日) より
午後、本会議。 本会議が始まる前の代議士会で、小渕優子さんと昨日の福岡出張の件で話しこむ。 「テレビで観ましたよ。被害者の自宅にお伺いできて、お参りしてきたんですね。直接お話をうかがって、いろいろわかったこともあったでしょう。お疲れ様でした!」 と、ねぎらう。しかし、この、小渕さんが、いじめ自殺をした中学生のご自宅を訪問して手を合わせるという「あたりまえ」の弔問が実現するまで、信じられないほどの内幕があったのである。
俺は、ここにこそ教委や文部科学省の「事なかれ主義体質」の本質を見たような気がする。まずは、一昨日の夕方。
伊吹大臣の指令により、福岡県筑前町の教委に出向き、いじめ自殺問題の現地聞き取り調査に入る前に、弔問をしたいと小渕政務官が、人間として当たり前の行為を現地福岡県教育委員会にお願いしたときに、だ。なんと、
「関知しません!」
と、突き放され、被害者の自宅の電話番号も教えてもらえず、「勝手にどうぞ!」とやられてしまったのだ。
びっくりした小渕さんは、決して叱らずに、
「じゃあ、私が直接弔問のお願いの電話を入れますから、電話番号だけでも教えてください!」
と、頼み込んで、ようやく夜になって電話番号だけ教えてもらったそうなのである。・・・その間、文部科学省の小渕政務官の部下でもある初等中等教育局の担当官も、弔問をしたいと願う小渕さんの意向に「なんでまた?」とばかりに迷惑そうにおろおろするばかり。
悲しい気持ちになった小渕さんから、
「私、何かおかしいことでも言いましたかね?」
と、連絡があり、
「いや、あんたはまともや! 弔問させていただきたいというのは人としてあたりまえですよ。そりゃ、おかしいのは現地の教育委員会や文部科学省の部下でしょう。とにかく、小渕先生自身でご自宅に電話して、お父さんお母さんの了解を得てみれば!」
と、激励した。夜九時過ぎになり、ようやく電話番号がわかり、小渕さんは直接弔問にうかがいたいことを連絡し、了解を得て、手を合わせてくることになったのだが。
その小渕さんが、昨日、県教委での事情聴取終了後、筑前町の自宅弔問に向かおうとしたら、なんと、
「関知しません!」
と、いっていたはずの福岡県教育長が、
「私も行っていいですか? 弔問に!」
と、いけしゃあしゃあとついて来たそうなのだ。え!と、びっくりした小渕政務官が、
「・・・い、いいですけれど、どうしていっしょに来られるんですか?」
と、聞くと、
「・・・政務官が行かれますから、教育長としてお供します!」
「じゃあ、こういうときは、普段は教育長は弔問しないんですか?」
「いつもは弔問しません!」
・・・というやりとりだったとか。小渕さんは内心、(じゃあ、どうして私が最初に弔問したいといったときにいやそうな返事をして関知しませんといったのだろう・・・・)と思ったのだそうだ。これは、我々政治家にはありえない対応といっていいだろう。
まずは、弔問し、冥福をお祈りしてから、「いじめ自殺」の原因調査に入るのが、「人として」当たり前のことではないのだろうか?
「馳先生! な、なんなんですかね、この組織。私の感覚間違ってますかね・・・」
と、不安そうな小渕先生。「いや、小渕さんの行動は人としてあたりまえですよ。そもそも、あんたの部下がしゃしゃーーっと仲立ちの動きをしなかったのもおかしいですね! 教委も言語道断でしょう!」
と、この一件は、あんまりなので、今後こういうことがないためにも、すぐに文部科学省の前川総務課長に連絡する。「もしかしたら何か連絡ミスとか行き違いがあったのかもしれないけれど、弔問させていただきたいというのに、小渕政務官が直接電話連絡を入れざるを得ないというのは、ちょっと、おかしいですよ。 事実関係を把握した上で、今後の対応に活かしてください。 福岡県教委はどうなってるんですか。 文部科学省内の連絡はどうなってるんですか。 地元の原田代議士ですら、小渕さんにお参りいただいて心から感謝しています、っておっしゃっていたんですよ。」
と、前川さんにお願いする。総務課長の直前は、初等中等教育局の企画課長だった前川さんは、古巣のことであるがゆえに、深刻な表情なのであった・・・・
まったく、もう。
「組織」の一員となってしまうと、社会通念が組織の論理(事なかれ主義や横並び主義や責任回避主義)の前に通用しなくなってしまっているのではなかろうか。
投稿者 青柳 洸 at 午後 05時56分 政治・行政その05, 社会その09 | Permalink
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コメント
福岡県教育委員会が現場の教師をいじめているんだ。今さら、始まったことでなく、以前からクズばかり。教育委員会に「チクリ」をやらなきゃ校長にはなれない体質を作り続けているんだから、未だに。
投稿: まるこ | 2006/11/05 0:48:25
さあ、福岡(パクユク)工作員どもの大嘘をどんどんばらしていくぞ~☆
名詞
「おいしゃん」→オイ シャン→オイ シユ ヌ
日本語では『おじさん』であるが、部落民の言葉では、オ ジュ シユ ヌと
発音しなければならない為、伝達度が低下。何度も述べているように、部落民は
サ行の変格活用は無い。従ってシャ行で変換させる。すると、使われる言葉は、
「佐藤 no oishane」「中洲 no oishane」などと言う言い方になる。日本語の”おいしい”
oishi i との意味上の重複を避ける為というのが一般的な見解である。
「がと」→ガ トゥ 「300円の範囲内で買って来なさい」→「300円gato買うて来 n nshai」
範囲内を指す。現在の福岡部落民は、~の分という使い方をする(300円分、400円分)。=bun ne
通常、範囲を指定する場合、~までと日本語では伝達するが、福岡部落民はマ デンと発音する為、
重複使用を避けたと考えられる。個体による使用頻度は、中州などの朝鮮部落で確認できる。
河川流域沿いに分布する比較的古い博多部落で使用。
「かったりこうたい」→ カ タイ テ クオン テヌ
日本語で出てくるかったりい(面倒臭い、だるい)とは意味は全く異なる。
カ タイ(先に行う)クオン テヌ(後に行う)即ち、部落民が前に行う、後に行う
という原始的な意味を連結させた造語である。前後に、次から次等の意味合いである。
分布は九州全域、特に河川敷が多い
「かべちょろ」→ カベ(壁と動議)チョル ヌ→ ヤモリ。
壁に張り付いてちょろちょろ動き回る様から、短絡的に表現された部落民の造語。
ヤモリだけでなく、同様に壁に張り付いて動き回る昆虫にも適用される場合がある。
テレビ、ラジオ、ネットの普及で固有名詞が使われるようになり、部落民の分際で”あの、ヤモリ”
と言うように、比較的若年例層の福岡部落民はあまり使わなくなってきた。
近年では発言個体数は低下しているが、主な分布は福岡部落、博多、天神、那珂川流域などがある。
「きさん」→キ シュ ヌ…貴様。
部落民はサ行は変格できないので、下はシャ行の発音である。貴様は部落民はキシャマと
発音する。分布は比較的広域であり、九州全域に分布は及ぶ。
「ど(ん)べ」→ドン ぺ…最下位。
所謂ドベ、つまり最下位者を指す。べではなく、部落民は朝鮮人なので訓民生音でぺと
発音する。ちなみに、現在北朝鮮、南朝鮮傀儡が使用している訓民生音とは活用も
単語も異なるが、これは劣等人種どもが漢字から訓民生音を構築した派生が異なる
為である。厳密に言えば、高麗と加羅(韓)による文法、単語の違いが博多朝鮮部落に
影響している為である。従って、この博多部落民は南朝鮮からの渡来人、戦争奴隷である為、
語尾にぺを当てる傾向が強い。
投稿: いや、仰るとおり | 2008/10/08 17:00:08
「こす」→ コ シュ ヌ
単語だけでは全く解読不可能だが、コスイと連結させた使い方をする。
日本語でずるいに該当させたい形跡が確認できるが、日本語では湖水として
使われる場合が圧倒的であり、福岡部落民どもが意味上の重複を避けた。
コ(薄い、ずるい) シュ ヌ
「せこ」→シェ クヌ
サ行は部落民は使えない。また、日本語の勢子でも世故でもない。
日本語でけちという発音が部落民の場合、チェ チとしか発音できず、伝達性が
著しく低下する為に用意された補完語。せこいという言葉を思わず使う個体を見かけたら、
まず朝鮮部落だと考えて差し支えない。分布地域は九州の河川流域、河口、源流(河本)
などで幅広く確認できる。部落民の小中学生が自転車通学中何故かこの単語を発音する
場合が多い。
投稿: dfgdf | 2008/10/08 17:03:48