乱獲したのは誰だ
朝鮮人の言い分を100%無批判に信じることの愚かさは言うまでもありませんが、少なくともこの人は水産科の元指導教官ですからいいかげんな証言はしないだろうという予測は十分成り立ちますわな。
李承晩ライン設定後でも依然ニホンアシカの群れが現存していたことが確かなら、何故今いなくなったのか、誰が獲り尽くしてしまったのか、という設問に対する解答は自ずとわかろうものですわな。
何にせよ今に至るまでの日本海の資源乱獲状況を知っているヒトが、どのような資源であれ、日本人が乱獲したのか、朝鮮人が乱獲したのか、どちらか二者択一を迫られれば、選ぶ答えは一つしかないでしょうけど。
彼らももう少し自分たち自身の行動を自分たち自身で「律する」という発想をカケラでも持ち合わせていれば、今のようなバカバカしい水掛け論にはならなかったんですがねえ。
山陰中央新報 - 李ライン翌年竹島にニホンアシカ多数生息 より
韓国が一方的に李承晩ラインを設定して竹島(韓国名・独島)を自国領に含めた翌年の一九五三年、竹島に渡航した隠岐高校水産科(現・隠岐水産高)の元指導教官、岩滝克己さん(82)=島根県隠岐の島町加茂=が九日、同県の杉原隆・竹島研究顧問に当時の様子を証言した。日本側の乱獲で絶滅したとされるニホンアシカが、多数生息していた状況を説明。韓国側の主張を覆す証言として注目される。ニホンアシカは竹島周辺に繁殖し、戦前は隠岐島の漁師らが漁をしていたが、現在は絶滅状態。韓国側は戦前の日本による乱獲が原因と主張している。
岩滝さんは、ライン設定後の竹島に韓国漁民らしい者がいたという県の試験船からの情報を受け、事実確認のため五三年六月二十四日、学校の実習船に乗り込み、同僚ら十三人で渡航した。
聞き取りに対し、岩滝さんは、島へ接岸すると、竹島の北西九十二キロにある韓国・鬱陵島からワカメやアワビ採取のため渡航し、夏から秋にかけて滞在するという三人の韓国漁民に会ったと説明。
韓国漁民たちは、漁獲物の運搬でやってくる仲間の船がしけで来ず、食料が乏しいというので、持参した米とタバコを差し出すと大変喜び、「捕まえたアシカを料理してごちそうすると話した」という。
岩滝さんは食べた記憶はないが、島の周辺でアシカを「十-二十頭くらい見た」と振り返った。
研究の一環として聞き取り調査した杉原顧問は「戦前、隠岐の漁民は計画性を持ってニホンアシカを捕獲していた。韓国側は日本の乱獲が絶滅の原因というが、証言を聞く限り、乱獲したのはむしろ韓国の方だ」と韓国側の主張に反論した。
李承晩ラインをはさんでは、設定直前の五一年十一月に境高校水産科(現・境港総合技術高校)の教諭らが竹島へ渡航しており、当時の様子をつづった日誌を、松江市殿町の竹島資料室に展示している。
投稿者 青柳 洸 at 午後 10時21分 特定アジア-南朝鮮その5 | Permalink
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/41978/15166193
この記事へのトラックバック一覧です: 乱獲したのは誰だ:






コメント