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2008年8月 2日 (土)

高校野球関係者のバランス感覚

喫煙や飲酒、さらには部員同士の暴力沙汰で対外試合禁止処分や出場辞退ってケースは枚挙に暇がないけれど、いくらレギュラーメンバーやベンチ入り選手じゃないとはいうものの、部外者に被害者が存在する事件で何の処分、何の自粛判断もないってのは、いかにもバランスが崩れているとしか思えません。

桐生一高、校長が陳謝 - MSN産経ニュース より

 「出場は望んだことだが、おしかりの言葉もあり、責任の重さを感じる」

 桐生第一高校の高橋昇校長(54)は1日夕、日本高校野球連盟の決定を受けて群馬県桐生市の同校で会見し、神妙な面持ちでこう語った。

 出場が認められたとはいえ、高橋校長は厳しい表情を終始崩さず、「野球部員が大変な不祥事を起こし、誠に申し訳ない。被害者と保護者に誠意を持って謝罪したい」と陳謝した。

 高橋校長は1日午前、全校生徒に事件の概要を説明。野球部員(16)が逮捕された31日から1日午後にかけて、同校には「事態の大きさを考えていないのか」などとする批判を中心に、約100件の電話が寄せられたという。

 同校では7月22日にも、1年生の男子生徒が元同級生らに殴られて死亡する傷害致死事件があった。高橋校長は、相次ぐ不祥事の対策として「指導委員会やプロジェクトを立ち上げ、原因を究明するとともに、道徳面で啓発に努めたい」と強調した。

 学校側の責任については「どこに原因があるのか検証し、人事的な処遇も検討したい」と述べ、自らの進退にも言及した。

参考までに、以下は2008年対外試合禁止処分校(「出場辞退」ではなく日本学生野球協会による能動的処分)の一覧です。

■部員暴力
静岡学園(静岡)・名古屋大谷(愛知)・小倉東(福岡)・竜野実業(兵庫)・高崎東(群馬)・神奈川商工(神奈川)・森(静岡)・北照(北海道)
■部員万引
郁文館(東京)・寒河江工(山形)・柏日体(千葉)
■部員喫煙飲酒
西野田工(大阪)・札幌山の手(北海道)・君津商(千葉)
■部員バイク窃盗無免許運転
練馬(東京)
■部員賭博
船橋西(千葉)
■部員盗撮
福岡(岩手)
■部員強盗致傷
成城(大阪)※自主的廃部(野茂の母校)

喫煙、飲酒はもちろん、部員同士の暴力沙汰もあくまで部内部の管理問題なので部としての以後の行動にかかわる処分や自発的に大会出場辞退するのは当然だが、部員が個人で部外の第三者相手に起こした事件は部の管理問題ではないので処分や部としての行動自粛の必要はない、というならば、過去の処分例はいったい何だったんですか?と尋ねざるを得ません。

関係した人数による処分、判断の差をいう人もいます(高野連理事の見解では「5人以上が不祥事に関係した場合はアウト」、だそうです)が、上記出場停止処分の場合は全部5人以上が絡んでいるんですよね。

岩手の福岡高校なんかも5人以上が盗撮したんですよね。

今朝の開会式後のNHKによる高野連会長のインタビューでは「関係した部員が一人だったので出場を認めた」とか言っていましたが、「5人以上ならダメで4人以下なら不問」という判断の客観的、合理的な基準を明示してほしいものです。

そんなことができるのなら、の話ですが。

そもそも「学生野球は教育の一環」であるというのが建前(本音は「部員及びその親と関係者の金儲けの場」であることは自明ですが)だったはずですが、そういう建前の元に過去悔し涙に泣きくれた生徒がたくさんいた(自業自得の場合も含めて)のに、桐生第一の生徒(特にベンチ入り選手たち)だけは「ラッキー!」と快哉を叫んでいる(わけではないと思いたいですが)のはなんとも腑に落ちません。

過去から部員の不祥事は不祥事として部としての行動については別問題というスタンスであったのなら、今回の場合も「組織犯罪ではなくあくまで個人の犯罪であり、当然他の部員には何の関係もない」と断言できるんですが、これまでそういう前提では運営されてきていませんからね。

とにかく、今回の桐生第一問題を云々しようとする人は、「連帯責任の功罪」なんていう過去から何度も繰り返されてきたありきたりの抽象論以前に、「過去の例と今回の場合の対応の差」という極めて具体的な問題である、ということを理解すべきです。

今回の判断を公式見解とするならば、今後、日本学生野球協会及び高野連は、「組織としての非違行為と個人としての非違行為とを厳格に区別して判断する」というスタンスに変わったんだ、ということを内外に公式に宣言し、日本学生野球憲章第20条を大幅に書き換える義務が発生したと思いますね。

この後の事例に対する対応がまた元のように戻っていては今回の判断との間に整合性が全くなくなってしまいます。

で、ここからは学校側の「教育者」としての判断についてなんですが、たとえ今回の件について何らかの理由により日本学生野球協会や高野連からは能動的な処分が下せないとしても(前記したようにそれ自体が大変腑に落ちない判断ですが)、被害者の心情を第一に考えれば学校側の自主的判断で出場辞退という結論は容易に導けるはずです。

しかし、桐生第一の校長はあえて「被害者及びその家族の心情よりも、出場を辞退した場合のベンチ入り生徒の心の傷の方が遥かに重い」という判断したことになるんですが、そもそも教育者の判断として本当にそれでいいのでしょうか。

出場辞退をしないのなら、学法の理事長とは言いませんからせめて明確に管理、監督責任のある校長及び監督くらいは即日辞任するくらいの姿勢は見せるべきですよ。現場には後を継ぐ教頭だってコーチだっているはずなんですから。(もしいないのなら組織論的には落第以下の低レベル経営です)

他の記事によると、監督は辞意を学校に伝えたらしいですが、なんと学校側が強く慰留(!)したそうですね。学校法人としてあくまでも甲子園出場、試合の勝利を最優先にした判断しかしないつもりのようです。

ま、桐生第一高校(学校法人桐丘学園)の学校経営の基本が「教育」ではなく「営利」だというのなら納得はできますけど。

投稿者 青柳 洸 at 午後 05時15分 スポーツその3, 社会その12 |

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