仏は神じゃないんだから祟らんでしょ
なんかこの地方の人たちの宗教がちゃんぽんになっていることがよくわかる話ですね。
っていうか、日本ではきちんと「仏」や「神」を宗教理論的に理解している人が一般民衆の中にほとんどいないって事なのかもしれません。宗教的には世界の中でも日本は未開に近いですからなあ。
そもそも自らの災いを仏様に身代わりになってもらうって発想で泥を塗ってきたわけで、その泥を拭い去ると「祟りがある」っていうけどいったい誰が祟るの?その仏様?祟りには祟る主体が必要なんだけど。
仏は祟るものではなく衆生を救うためにいると思ったんですがこの地方では違うのか?
釈迦が聞いたら号泣しそうな言われ様ですな。
ところで信ずる宗教が何であれ祟りや呪いに本当に効力があるとするなら、今世界中で一番祟りや呪いが集中していて命が危うい人間はきっと「ジョージ・W・ブッシュ」その人だろうと思うんだが、どうも無事任期を全うしそうな勢いだね。
泥が塗り重ねられて、戦国時代の400年前からだれも本来の姿を見たことがないとされる岐阜県瑞浪市の「田中泥薬師」の本尊、如来像が25日、供養祭で泥を落とされ、約1メートルの石像が現れた。この日午前10時から、白い手袋をつけた「田中泥薬師保存会」のメンバーが約10分かけ、こびりついた泥をはぎ取った。制作年代を示す記述は見つからなかったが、大勢の市民が詰め掛け、次々に拝んだ。保存会会長の小栗敏雄さん(75)は「とても穏やかな顔でした」と満足そう。
口伝によると、如来像は織田信長の神社仏閣焼き払いから守るため、村人が土中に隠した。その後、病がある部分に泥を塗り祈ると治癒するとされた。この地方に影響力があった武田信玄が天台宗を信仰しており、戦国時代につくられたという説がある。
2年前に有志が保存会を結成。泥は病の「身代わり」で「落とすとたたりがある」と心配する声もあったが、保存会は「歴史を知り、後世に引き継ぐために」と泥落としを決めた。
投稿者 青柳 洸 at 午前 12時05分 社会その12 | Permalink
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